こんにちは、Roshiです。
今回は世界各国の首都の数や移転事情について、海外記事を読みながら調べてみました。
各国の首都の数や移転事情について調べてみた
日本では、以前から「首都機能の移転」についてはよくニュースにも取り上げられていますよね。
今回は日本意外の国々がどのような考えで首都移転を検討しているのか(検討してきたのか)という観点から、海外記事を読んでみたいと思います。
各国の首都の数についての歴史
今回は、CNN Travel というメディアの記事を引用していきます。
“Travel” という文字が付いていますが、CNN Travel自体は、色々なトピック・ジャンルの記事が投稿されていますので、もしご興味があれば、適宜サイトをのぞいて見てください。
↓CNN Travelの紹介文↓
Get travel tips and inspiration with insider guides, fascinating stories, video experiences and stunning photos.
CNN Travel
訳)
・旅行に関する豆知識や共感を、サイト内に掲載されている紹介文や、興味をそそるようなストーリー、動画や写真から感じてください。
今回ご紹介する記事のタイトルは、こちらです!
These countries have more than one capital
早速以下の記事の冒頭文を読んでみましょう。
CNN Travel “These countries have more than one capital”
Only around 40 nations had capital cities in 1900, writes professor David Gordon in an introduction to the book, “Planning Twentieth Century Capital Cities.”
CNN Travel “These countries have more than one capital”
訳)
・1900年代、40の国々が首都を設置しているだけだったと、David Gordon教授は著書のイントロで書いている。(著書:”Planning Twentieth Century Capital Cities.”)
その後、次第に1つの首都を選択するよう世界の動きが変化した様子が、以下に書かれています。
Most countries chose a single city as their capital.
CNN Travel “These countries have more than one capital”
“This is a place where politicians get together to pass laws, where the central administrative apparatus of the country are generally located,” says Gordon, a professor of urban planning at Queen’s University at Kingston, Ontario. “There are very much synergies in locating these all together.”
But some countries simply decided that when it comes to capital cities, more is more. From the shores of Benin to the Kingdom of eSwatini, there are nations across the globe with two or more capital cities.
Their reasons vary. When countries are formed from distinct regions, as in the case of the United States or South Africa, Gordon notes that regional competition for power can be a factor.
訳)
・大抵の国々は、首都として1つの都市を選択している。
・オンタリオ州キングストンのクイーンズ大学の都市計画の教授であるゴードン氏は、”首都を1つの都市に選定する理由としては、政治家が集まり法律を成立させる場として、国の中央行政機構が配置されているためである”、と述べており、さらに”1つの場所に都市機能が集約されていることで、相乗効果を生み出す効果がある。”とも述べている。
・しかしながら、いくつかの国々は複数の首都を持つことを当然のように決めています。たとえば、ベナンの海岸からエスワティニ王国にかけて、3つ以上の首都を設置している国が多くある。
・理由は様々ある。米国や南アフリカなどの地区ごとで特性が異なるエリアについては、ゴードン氏が言うように、地域間の権力獲得に向けた競争が原因になる。
リーダーが躊躇してしまったことで首都の決定が難航した事例
首都の決定については、上で見てきたように様々な時代背景や文化、宗教などが影響しますが、今回はリーダーが躊躇したことによって、首都の決定が難航した事例について触れてみます。
タンザニア(ダルエスサラームから、ドドマへの首都移転)
In 1973, Tanzania declared that a new capital would be established in Dodoma, hundreds of miles inland from the colonial-era capital of Dar es Salaam.
CNN Travel “These countries have more than one capital”
“Empires had central administrative places for each colony, which were typically on the coast, so they had good access by sea back to the imperial capital,” says Gordon.
“A trend in decolonizing countries is to move the capital into the center of the country to make it more accessible to all citizens.”
“But the cultural pull of historic capitals can be hard to overcome. Dar es Salaam still hosts many government functions, and it wasn’t until 2019 that the Tanzanian president moved his office to the “new” capital of Dodoma.
訳)
・1973年、タンザニアは新しい首都をドドマに配置することを宣言しました。ドドマは、植民地時代の首都、ダルエスサラームから、数百マイル内陸にあります。
・「帝国時代には、植民地ごとに中央管理をしており、それは通常は沿岸沿いにあったので、帝国の首都へは皆アクセスが良い状態でした。」とゴードン教授は言います。
・「脱殖民地化をする国の傾向としては、首都を国の中心に寄せることで、国民からみたアクセスをしやすく傾向があります。」
・「しかしながら、歴史的な首都の魅力を新しい首都でも引き出すことは結構大変です。ダルエスサラームの首都機能は現在でもその多くを担っていますし、タンザニアの大統領が彼のオフィスを新しい首都であるドドマへ移動させたのは、2019年になってからでした。」
タンザニアの例では、首都機能を移動させるのに時間がかかってしまった点が挙げられています。
もともとダルエスサラームが首都として魅力的であり、首都機能が発達していたことが、逆に首都移転をするにあたっての障壁になってしまったようですね。
カナダ(オタワ)
次にカナダの事例をみてみましょう。
少し短い文章ですが、タンザニアの事例と似ている側面があるようです。
Tanzania isn’t the only country where leaders dithered over where to put the capital.
CNN Travel “These countries have more than one capital”
“Canada took years and years to decide on Ottawa,” says Gordon. “The capital used to move every two years, because the Federation could not agree on where the capital should go.”
訳)
・タンザニアだけが、リーダーが首都を置く場所を躊躇した事例ではありません。
・「カナダは、何年もの期間を経て、オタワに決定された。」とゴードン教授は言います。「カナダの首都はかつては2年おきに移動していました。なぜなら、政府が首都の場所を確定出来なかったためです。」
カナダの首都の歴史は、ゴードン教授の発言にもありますが、紆余曲折あるようです。
現在のオタワは、1858年にビクトリア女王の独断によって決定されたと言われています。
当時は、首都の決定に向けて、ケベック、モントリオール、キングストン、トロントの4つで争われ、最終的に英国と仏国の境界線上であるオタワに決まったそうです。
首都に選ばれた暁には、経済効果が見込まれるなど将来的なメリットが大きいため、首都の決定は各都市にとっても重要なイベントだったみたいですね。
今回は、以上になります。
日々の生活で「首都を決める」ことは無いとは思いますので、今回の話は、なかなか身近に感じられないかもしれませんが、たとえばご自身が仕事を進めていく中で、意思決定が必要な場面がある場合には、将来的に得られるメリットと、デメリットを比較していきながら、最適な判断を下すことはあると思います。
最適な判断は、周りの状況によって都度変化していきますので、過去の偉人たちが下してきた歴史を学びながら、今後の生活にも活かしていきたいですね。
次回は、今回取り上げたタンザニアやカナダ以外の国々が、どのような判断軸で首都を決めていったのか、各国の事情について取り上げていきたいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
~もしカナダに興味を持たれた方は是非!~